ざんくらにっき

ざんくらにっき

にっき。   @zahnradpoke

【ゲーム制作記録#2】ゲーム全体コンセプトと進捗報告

こんな感じで

 なんやかんやで。作業時間管理アプリをつくることにしました。ゲームじゃない気がしてきたけどいいか。ゲーム的要素は後で考えることにします。

 最終的な目標は、作業時間の蓄積による何かしらのゲーム的要素の展開、と言っておきますが、いったんそれは置いていて。手の届く範囲から完成させていきましょう。なんか前と言ってることが全然違くないですか?そうかな。そうかも。そういうこともあります。

 まずは「特別機能のないただのストップウォッチ」からですね。その機能を実装して、アプリを実行できる形式で出力することを目標にしまして、

 

完成したものがこちらになります。

 はい。割とすんなりいきました。デザインや機能面には無限に改善の余地があるとは思いますが、いったんこんな感じ。

 結局いままで制作したものをunity外に出力はしたことなかったんですけど、実際に使用できる形でアプリになるのはうれしいです。ちょっと達成感もあり、作業欲がいい感じに刺激されます。

△ボタン動作の思い出しも兼ねて、クレジット画面もつくりました。

 

課題

 現状の課題は「アプリがアクティブでない場合、時間計測が止まってしまうこと」です。作業時間計測アプリとしては致命的ですね。計測そのもののスクリプトを書き換える必要があるかもしれません。

 細かいところだとイージングが機能していない(time.deltatimeが有効に計測できていなそう)(update内に記述していないからな気がします。whileの処理とフレーム処理の関係性があまりわかっていない)こと。計測をhourまでしっかりできるようにすること。そのあたりでしょうか。

 以上をクリアすれば、最低限「優秀なストップウォッチ」にはなってくれそうです。

 

次の願望

 経験値的機能を実装した~い!作業たくさんしたらレベルが上がるようにした~い!

 お疲れさまでした。たのしいね。

 

 

【ゲーム制作記録#1】創りたいものは何ですか

前回のおさらい。

 知識もねえ。創作能力<ちから>もねえ。時間もそれほど余ってねえ。ということで。「ゲームを完成させる」という目的に対しては能力が致命的に足りずそれが嫌になって何度も投げ出しているので、結局のところ「妥協が必要」で、じゃあ「どこを妥協するのか」、逆に言えば「何を妥協したくないのか」を考えましょう。

 

何でゲーム創りたいんだっけ。

 一番の理由は「憧れたから」です。エクセルシアっていう個人製作のゲームがあるんですけど、小さいころそのゲームがめちゃめちゃ好きで、ずっと遊んでました。根本的行動原理に「自分が好きなものを自分で作りたい」って欲求がありまして、絵とか音楽とか配信とか全部それです。だからゲームも作りたい。

じゃあどんなゲーム創りたいの?

 これが結構ふわふわしています。よくないので、この記事で確定させようと思います。作りたい要素を列挙すると

・パズルゲーム

→プレイするのが好きだから。前述のエクセルシアもパズル要素を過分に含んだゲームでした。制作難易度もそこまで高くなさそうだ(と思っていた)し、自分が作れる面白いゲームとなるとこのジャンルだろうから。ほかの要素を軸にゲーム制作ができるなら変更も可能ですが、シナリオや戦闘要素などで面白いゲームが作れるイメージが湧きません。

・主人公/登場人物が魅力的であること

→ゲームをプレイするとき、このキャラクター好きだなっていう思考をベースにすることが多いため。自分が作るなら絶対に外せない要素です。妥協不可能枠。

・転回要素のあるシナリオ

→シナリオを書く、ということを他でほとんどしたことがないので、これは挑戦的ではあります。やってみたいという感情のみ。妥協可能枠。

 

ということで。

 パズル要素、なくしちゃうか~!

 自分が作りたいのは結局「久留葉くるかわいい~!」であり(久留葉くるはこのゲームには出ない)、それが絡むシナリオが面白いことのほうが重要です。パズルによるプログラミング難易度の上昇率を考えると、なくしていいです。

 

もともと考えていた案として

「パズルを解く」→「成功報酬がある」→「メインキャラクターに育成/成長要素がある」→「パズルが解放される/より深い地点まで到達できるようになる」

→最終的に育成度合いでエンディングが変わる

というサイクルを考えていました。ただこの「パズル」は単純なRPGとしてのダンジョン的要素でもいいですし、もっと簡易的な何かでもよさそうです。

 

最近考えていたのは

 「ゲーム要素を外部に委託する」ことでした。例えば「インターネットにあるどこそこの情報を拾い集めるとパスワードになり、鍵が開く」とか。「youtubeの動画を探したどるとヒントがみつかる」とか。

 

 昔、父がゲームを作ってくれたことを思い出しました。ゲームというにはあまりに簡易的で、たくさんのフォルダが並んでいるだけ。名前で要素付けがなされたそれらのフォルダから、正しいフォルダを開くと、その奥の階層にはまた次の問題が。最終問題は「家の中で一番大きいギザギザの上を探せ。」答えは階段。階段を上ったその先の踊り場で、カードゲームのパックを見つけたときの感動は、今でも忘れません。

 

閑話休題。話題もそれました。

 

 ポケモンスリープの作業版なんてどうでしょう。タイマーを動作させる。作業をする。作業が終わったら、成功報酬が手に入る。キャラクターが成長する。数値によって新たな作業場に進める。報酬が増える。カスタムできる。

 これならたくさん背景イラストも描けるし、音楽も作業場の数だけあっていいですね。難しいプログラミングも、現状は必要なさそうに見えます。

 

これで行こうと思います。よし。方向性が決まった。

次はイメージイラストを描いてきます。世界観とざっくりゲーム画面イメージ。

 

おつかれさまでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ゲーム制作記録#0】なぜゲームが完成しないのか、どうしたら完成するのかを考える

はじめに

 こんにちは。ゲーム制作サークルDFF2FC代表、ざんくらっど兼、広報担当久留葉くるです。共著です。DFF2FCと書いて「しろはなだ」と読んだり読まなかったりします。

 さて、この記事は「己がゲーム制作を完遂するための強制力」であり、「思考整理のための雑記」になると思います。シリーズ化します。進捗報告やゲームの方向性の整理、思考整理のための報告書みたいなものになるとお考え下さい。ゲーム内容のネタバレなんかも過分に含んでいこうと思います。あしからず。

さて

 本題。ここにくるまで僕は、幾度となく途中でゲーム制作を投げ出し、一生完成しないゲームの幻想を追って路頭に迷い込み続けています。いくらなんでも完成しなさすぎる。でもゲームは作りたい。完成させたい。なので。この現状を打開するために「より明確に計画を立案し」、「正しく言語化し」、かつ「適度な達成感と情報整理が必要である」と考えました。それで記事を書き始めたわけです。桜井さんも言ってた。アウトプットは大事って。

 結構書きなぐりですし、肝心の作業時間はやっぱり実作業に割きたいので支離滅裂になるかもしれません。

じゃあ

 なぜゲームが完成しないのか。あるいは投げ出してしまうのか。いくつか原因があると思いますが、明確に書き出すなら

・具体的なゲームの全体像をイメージできていない

・イメージ出力に能力が追いつかない(可能であったとして、出力に時間がかかりすぎる)

この二点かと思います。

まず一点目。「具体的なゲームの全体像をイメージできていない」

 仕方ないところでもあると思うんですが、特にプログラミングについて、全く周りが見えません。絵や音楽なら「このくらいの時間があれば何枚くらい/何曲くらいはつくれるだろう」「この作業量なら自分でも完遂できる」「到達クオリティもおおよそ類推できる」わけです。それがプログラミングで致命的にできていなかった。

 「ワープ挙動をつくりたい」「このくらいならできるだろう」と思って描き始めたコードが全然動作しなくて数週間かけた挙句失敗して全部コード書き直しました。そして投げ出しました。

 そういう次元で全く見積ができていないし、純粋に知識が足りません。そして「プログラミングでこのくらいのことができる」はダイレクトに「パズルゲームを作りたい」という僕の最大欲求に対してかなり隣接した要素なんですよね。妥協することができなかったし、いまだにしたくないと思っている。これくらいならできるはずだと。

△実装したかったワープ採用パズルゲーム(右)、メインキャラクター(左)

 

 例えば、「Aviutlで動画編集すればこういう映像が作れるから、オープニング映像は実装できるな」とか「Live2Dのアニメーションは作れるから、自操作キャラをミニキャラSDでかわいく動かせる」という見通しは立ちますし、これは実際できます。また、最悪妥協もできます。アニメーションが動かなければ立ち絵でもゲーム自体は可能ですし、オープニング映像はダメだったらテキスト表示でもゲーム自体は成立します。

 しかし「プログラミングでワープが実装できるかどうか」のようなパズルゲームの根幹にかかわる部分は本当にどうしようもない。実装できるかできないかでゲームの全体像が大きく変わってしまうので、その影響で全体像が大きくブレ、行ったり来たりしてしまっています。まったく進まないし、進んだ先につくったものも、方向性が変わったからと言ってすべて使わなくなったりしている。

 解決策は二つ。

・自分のプログラミングが可能な範囲でのゲーム制作を考える

・死ぬ気でプログラミングを勉強する

 悩みますが、当然可能な限り後者を選択したいです。譲れない部分に関しては必死に勉強して、それ以外は妥協することを覚える必要がありそうですね。ここではまだ結論は出しません。今後より具体的なゲームイメージを固めていこうと思うので、譲れるものと譲れないものをしっかり判断します。ただし、現状プログラミングに関しては「できる限り妥協する」が正解ですね。

 最悪完成させてからアップデートかけていこう。プログラミング、それが一番難しいみたいな気配もしますが。

 

次に二点目。イメージ出力に能力が追いつかない(可能であったとして、出力に時間がかかりすぎる)

 前述のプログラミングに関してもそうですが、時間がかかる。キャラクターデザインが特にそうですね。いまだにあんまり納得したものを出力できていない。これに関しては解決策とかないですが、「完成させること」を目的とするならやはりある程度の妥協は必要です。

 こだわるところをどこにするか、を絞る必要があります。パズルゲームなのか、キャラクターデザインなのか。もちろん全部頑張りますけれども。

 幸い絵やLive2Dに関しては後での差し替えは比較的楽そうなので、完成させてからアップデートかけていこう(自己催眠)。魂を込めた妥協と諦めの結石が出る。

 

今回の結論。

 自分の使用可能リソース(時間、創作能力値)は自分が思っているより少ないことを認め、妥協することを覚える。全体像を確定されるために、本当にやりたいことを整理する(次回の記事)。

 

 お疲れさまでした。頑張ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【感想備忘録】センセイと少女のおはなし

ゲーム感想記事

 「アンリアルライフ」というゲームをプレイしました。プレイ直後の感想記事、備忘録です。ゲーム内容に関する重大なネタバレを多々含みますので、プレイ済みの型、あるいはプレイする予定のないかたのみお読みください。

 いつか読み返す自分への備忘録ですので、多少雑な部分は目を瞑っていただけると嬉しいです。

 では。

はじめに

 凄いゲームでした。ゲームの構成要素というのはいくつかあると思うんですけれど、その中でも特に重大な位置を占めるであろう「シナリオ」「音(音楽を含む)」「グラフィック」が特によかった。

最初に良さを感じたのは音でした。

 作中で電車に乗るシーンがあるんですけど、おそらく現実の音を録音しているのだと思います。かなり"現実的"で引き込まれました。電車のシーンだけでなく、シナリオ前編通して音に拘りは感じました。よかった。

 単に「ゲームの効果音」にとどまらない。音それそのものに雰囲気を、場を作る効果があったように思います。自分が創るときも参考にしようと思った点。実際に音を取りに行きたいですね。

グラフィック

 本当に綺麗です。全体がドット絵調なんですが、ドット絵らしからぬ滑らかな映像表現、光や影の表現。あくまでデフォルメの技法として(あるいは現実的な作業量を考えたゲーム制作的な都合で)用いられるドット絵のバランス感、すごくいいです。

 作中度々発生する、景観全てがバグをおこしたような表現であったり、ノイズが入るような表現ともドット絵表現がマッチしており、世界の不安定さ、あるいはそれ自身からくる主人公(および先生)の不安定さの表現にもなっているように感じます。

 本編とは関係ないけどドット絵のハルちゃんの顔(会話中左下に表示されるやつ)、超かわいい。好き。

シナリオ

 ざっくり雑に言うと「いじめにあっていた主人公」が「恋愛のもつれにより親友にも見放され」「さらに心のよりどころであった先生の転勤によって」「居場所を失い自殺しようとする」、その直前の走馬灯の中でのお話です。作中では上述の内容が終盤に至るまで全く明らかにならず、主人公ハルは記憶をなくしたまま、「センセイ」という存在を探し続けます。

 関係ない話。いま、筆者はあまり精神的に良い状態でないんですが、かなり主人公と自分を重ねてみてしまう部分もありました。絵が描ければそれでいい。それだけでいい。つらいことがあっても逃げればいい。そうか。そうだよな。と思ってシナリオを読みました。

 やはり「わからないこと」は魅力だなと感じました。「これはなんだろう」という感情がシナリオを読み進める原動力になります。この原動力を削がないゲーム制作、この原動力に拍車をかけるための没入感を演出する映像、音。そういうものを意識したいなと思いました。ミステリー、ですね。

 矢印案内展開はマジで燃えました。195、好き。

 

追記

 もう一個ありました。このゲーム、ルート分岐が「バットエンドに分岐した側はすぐシナリオが終わり」「分岐点で自動セーブされている」という形式でした。バットエンドにたどり着いてから「何か足りなかったんだ」ということがわかり、かつすぐにリトライが出来るゲーム構成はストレスフリーでよかったです。これはメモとして残しておきます。

 

おわりに

 ざっくりとそのくらいでしょうか。未だにゼロはなんだったのか、ですとか。195は先生の創作じゃない=ハルの制作物、ということを考えると、同じAIであるゼロもハルの創作物だったりするのかな?とか。あるいは195はもしかして"彼"なんじゃないかとか考えられます。謎は謎のまま。考察記事とか探したいですね。

 ちょいとみじかめですが。このあたりで。

 おつかれさまでした。

 

 

 

 

 

 

-1

元気ですよ!

 と先に伝えておきます。元気です。

 元気なんですけど、何かをするための気力はないので、文章を書きます。Twitterに投げるにはとりとめもなく、ちょっと暗い内容になるので。こちらに。徒然なるままに。

 

 文章を書くのは好きですし、ストレス発散になるのでね。

 

自業自得ですね~という気持ちになっています。

 生来コミュニケーションは苦手じゃなかったはずです。どちらかというと明るい人間だったような記憶があります。少なくとも今よりは。

 朱も交われば赤くなる、何て言いますけれど。昔は結局"明るい集団の中にいた"ということなんだと思います。自分が好きだとか、嫌いだとか。そういうことすら考えたことがありませんでした。

 能天気、というよりは「外の世界を知らず」「上を知らず」「おのれの料簡が世界のすべて」だと思っていたので、そんな絶対的な自分を疑う余地はなかったのでしょう。今は違います。当然、というか、ようやく、というか。自分のことは嫌いではないですけど、好きかと言われると微妙です。わるいやつではないと思います。コミュニケーション能力が低くて辟易はしますが、まぁそれなりに、それなりな人生をゆったりと歩んでくれればいいなと思っています。

 知識が増えました。いろいろな世界を知りました。己の能力的な上限も見当がつくようになった気になってしまっていますし、それでも自分はまだやれるなんて盲信もしています。

 時間はなくなっていきます。本当になくなってきました。それは勿論定義通りの時間の絶対量の減少であり、感覚的なものでもあります。元気のない日が増えると、その日は何もできない。時間が無い。あるはずなのに、時間が無い。

 僕は何事に関しても、辞めることが苦手です。本当に苦手です。中学生の頃に何となく始めたスマホゲームを、もうロクにプレイをしていないそれを、未だにログインし続けています。

 なんとなく、それが無くなるのが怖いから。

 時間を、上手く使わなければいけなくなりました。むやみやたらと振りかざせるだけの余裕がなくなるからです。そのためには、なにかをするためには、何かを辞めなくてはいけない。

 あるいは、何かをやめれば何かが出来ると思い込みたいだけかもしれません。

 本当は何もできないのに?

 

 どうでしょうか。

 少なくとも。素人なりにいろいろとやってきたつもりです。音楽を作りました。絵を描きました。配信をしました。動画もつくりました。振り返るとそれなりに彩られた道のりです。色んな人に助けられて、いろんな人と知り合えて、それはすごく素敵なことだったと思います。僕の人生の誇りであり、自慢です。

 居場所は、インターネットでした。今もそうです。インターネットがあるから、よく生きることが出来ています。インターネットが無かったら、生きているとは思いますが、それなりな生活だったと思います。

 

 やり残しているのは、ゲーム制作。僕の創作の原点ですし、それだけモチベーションもあります。

 だから他の物を切り捨ててでも、残った時間をかき集めて、残った元気をひねり出して、これをしようと思っています。

 

 差し当たって、ポケモン対戦に真剣に取り組むことをやめようと思います。宣言しておこうと思います。じゃないとまた触りそうですし。

 そしてつまり、これは半ば久留葉くるの半引退宣言、です。悲しいね。

 

 本当に悲しい。

 

 というのも、ポケモン対戦を今迄辞めてなかった理由の80%くらい、久留葉の活動の場だからでした。もう目標だったレート2000は剣盾S1で達成しましたし、剣盾以来の狭まったカードプール、短いスパンでの成績リセット、レート神話の崩壊。対戦ゲームとして面白いことは間違いないですが、少なくとも"現行のランクマッチ"というポケモン対戦にあまり魅力を感じなくなっています。

 だから、辞める。むりやり理由をつけて自分を納得させようと思います。言い訳がましいですね。

 

 半ば引退宣言、というのは、「他に何かコンテンツが見つかったら全然活動するし、Twitterにはいるし、たまに作業配信はするよ」というあたり。存在はしますし、変わらずにうちのかわいい看板娘なので。絵も描きます。

 ただ、ポケモン以外のコンテンツ探し、活動中ずっとしてたけど見つからなかったところなので、今後も見つからないだろうなぁ、と思っています。

 

 よし。ふたつ辞めた。またね。

 

何かをつくるとき

 四六時中そのことを考えています。音楽をつくっていたときは、完成するまで寝ませんでした。音のことだけを考えられるから。

 休憩が入って、他のことを考えなきゃいけないと効率がありえないくらい悪くなります。絵なんかいい例です。一日で完成しない絵は、一週間かかっても完成しません。

 創作に関しての能力は、僕は相対的には低い人間だと思います。アイデアの引き出しがない。美的感覚が薄い。拘りが薄い。だから、何かをつくるには人よりがんばらなきゃいけない。今迄その何かは"時間"でした。

 それが、なくなるみたいです。

 

 ゲーム制作するにあたって、一番ハードルが高いです。仕事のことを考えなければいけない。人間関係のことを考えなきゃいけない。生活のことを考えなきゃいけない。それらすべてが、ゲーム制作という一点においてはノイズです。

 もちろんインプットではありますが。作品を完成させるという点においては、かなり大きな弊害になります。それでも必要なこと。なので。

 

 それらを出来る限り減らします。仕事はしょうがないですが。人間関係のつながりも、今まで以上に希薄にしようと思います。正確には"考えないように"しようと思います。脳のリソースは、割きません。何も考えない。

 Twitterにはいますし、作業場にもいると思いますけど。考えないようにします。ごめんなさい。僕にかかわってくれたみんなのことは本当に好きです。ありがとうございました。

 

 またひとつ、辞めます。

 

 

 最近苦しいこと。Twitterがつらい。

 浮上率下がってます。明らかに。なんででしょうか。Twitterを開いても、ツイートできないことが増えました。

 マイナスなツイートはフォロワーに悪影響を与えます。これは事実。そういう気持ちを隠す癖がつきました。ツイートできないなら、開く意味がありません。

 ツイートすればいいんでしょうけどね。無理だ。誰かにダメージを押し付けて楽になれるような人間にはなりたくないです。きれいごと。綺麗でいたいので。

 

 最低限挨拶だけしてましたけど、これも今日でおわりにします。

 

 これはたぶん一時的なものだとは思います。そのうち帰っていけたらいいな。

 

 なんでこんなに気分が落ち込んでるんだろう。ゲーム制作がしたいというぼんやりとした気持ちだけ抱えて、でもそれに全くリソースを避けていない自分が嫌いだからです。本当に嫌いです。

 だから自分のことが好きになりたい。肯定できない自分になる未来はもうすぐそこです。全てが終わって、「あのころはよかったな」「あのころの自分は好きだ」って肯定できるようになりたいです。

 そういう感じですね。最近自分の感情が本当に嫌いなので。だから、自分を肯定するために、頑張ろうと思います。

 

 がんばらなくてもいいんですけどね。まぁ、ほどほどに。

 

 ここまで書いて なるほど....って思いました。

 

 この暗い感情、全部「最近の自分の感情が嫌いだから」が根源です。感情が嫌いなので、せめて行動は好きになれるようにってゲーム制作に矛先が向かっている。切実だ。本当にどうしようもない。全部やめたいけど、全部やめたくない。

 

 勘違いしてほしくないのでこれは書いておきますが、この文章を読んでくれるようなあなたのことが僕は本当に好きです。あなたの行いで僕がどうこうなっていることは絶対にないので安心してください。

 

 さて。どうしようかな。

 感情はコントロールできない。本当ですかね?どうだろう。

 上手く、生きられるようになりたいです。

 

 風呂に入ってきます。少し気持ちの整理がつきました。

 なんと金曜日は有休を取ったので、明日を乗り越えれば三連休です。やったね。

 おやすみなさい。

 

「虚像的空虚録」あとがき

あとがき

こんにちは、初めまして。あるいはお久しぶりです。ざんくらです。ざんくらっどです。

この度は久留葉世界観のイラストまとめ本「虚像的空虚録」をお買い上げいただきありがとうございました、とそれっぽい書き出しから始めてみましょう。

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本記事はいちおう、「虚像的空虚録」のあとがきという形で書いています。思い出をつらつらと語るだけの、のんびりとした記事になると思いますので悪しからず。

 

さて

どこから話そうかな、というところなんですけれど、まずは本を作るに至った経緯からかなと。


そもそも

憧れがありました。コミックマーケットという舞台に。本の自主制作という創作活動に。2次創作の追っかけと言う理由でTwitterを始めた僕にとっては、その舞台はすごく輝いて見えています。

絵を描き始めた時の目標もここでした。「いつか本をつくりたい」「コミケにサークル参加したい」それがひとつのゴールでした。あるいはスタートかもしれませんが。


そうぼんやり思いながら絵を描いて、4年だか、5年だか。唐突にチャンスはやってきます

 


ある日

仲良くさせていただいている友達に鞠宮まろ、という砂漠の精霊亜人間がおりまして。

趣味がイラスト制作、vtuber推し、ポケモン好きとかいうこれ以上ないくらいコミケ適正の高そうな(個人的感想です)存在で、まだコミケには行ったことがないそう。それで誘ったんです。一緒にコミケ遊びにいこ〜って

そしたらまろくんがコミケ行くならサークル参加したい」て言い始めまして。いいじゃん!いいね!となり、そのまま勢いでサークル申請をすることになりました。勢いってこわい。


ただし

僕はびびりなので。「サークル参加するならまろくんだけ申し込んで!」「受かったら僕売り子手伝う。出せたら本出す」と。

そもそも締め切りという概念でメンタルを破壊しがちな僕、コミケという逃れられない締め切りが発生した状況で本を出す自信もない。人生で3度目のコミケひとりでサークル参加をする心の余裕もありませんでした。

なので、サークル部分をまろくんにぶん投げたんですね。というわけで今回は「まろ屋」のおまけの「DFF2FC(うちのサークル活動名)」です。

そんなこんなで、初参加と相成りました。

 

何を描こう?

まろ屋の申請が「にじさんじメインvtuber」だったため、Vのイラスト本を描くことにしました。ただ、vtuberのファンアート(特に企業v)はほとんど描いたことがなく、1枚ずつ描いていくことに。

下でも12ページ、出来れば24ページにしたいなぁと思って予定を組んだら、およそ1.5枚/週のペースで描く必要があり、なかなかのハードスケジュール。9月頭ごろから1枚ずつ。

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描き始め。

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やり切らねば!という勢いで意気揚々と...!

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結構、その...

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だらだらと...

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していました。

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ほら、ポケモンも発売したしね...

 

コミケの合否が発表された11月半ばの段階で、本に載せられそうな絵は合計6枚。

「最初のサークル参加申請は落ちる」ときいていたのもあり、「まぁ落ちるだろうなぁ」とぼんやり思って油断していました。愚か。無慈悲な、と言うか本来であればありがたーい有慈悲なコミケのサークル参加合格通知が届きます。

 

残り1ヶ月足らずであと最低でも6枚、出来れば18枚描くの!?となり、\(^o^)/になりました。なんで受かっちゃうんだよまろ屋。

 

で、方向転換です。流石に無理。ここから18枚、しかもvのファンアートを描くのは現実的でない。であらば。

すでに何枚も描いてて、作るモチベーションも十分で、Vジャンルで出しても許される。これはもう、それしか無いでしょう。ということで、久留葉くるのイラストまとめ本にシフトチェンジしました。


結果的に、自分が1番出したかった本を作ることができたので、怪我の功名、不幸中の幸い、失敗は成功の母。

 

内容について

タイトル「虚像的空虚録」

最近「実存的空虚」という概念を知りました。「生きる意味の欠落感からくる虚しさ」「自分の人生に意味はあるんだろうか。生きる必要なんてあるんだろうか」って絶望感を定義した概念、とのことです。心理学の話。

それになぞらえて「虚軸にしか存在し得ないということに対しての無力感」の「記録」として「虚像的空虚録」です。いろんな解釈ができそうです。そんな感じで。

 

イラスト

表紙含めると完全新作が4枚、久留葉の撮像録で上げていたほとんどのイラストに加筆修正をしています。特に顔まわりとか身体のバランス、色味や影。全体の雰囲気は変えずにクオリティを上げられるようにしました。

個人的お気に入りは新作から「ちょっと、休憩。」、「まだ、芽吹く 意味なんてなくても、ただ、芽吹く。」。加筆から「揺らぐ光。生い茂る緑。」「何も残っていない。誰も遺していない。」です


フレーバーテキスト

イラストだけ完成させてプレビューを確認すると、ちょっと物足りなく感じました。さっさっとページをめくっちゃうと、すぐに終わっちゃったんですよね。

そこで、1ページの情報量を増やす意味で何か出来ないかなぁと、考えて浮かんだのがフレーバーテキスト

MTGなどのカードゲームでカードの隅っこに、少しだけテキストが入ってるんですよ。世界観やキャラクターに沿ったテキストが少しだけ。それがフレーバーテキスト。カードの前後のストーリーとか性質を想像できて、好きなんですよね。

今回はそのフレーバーテキスト風の文章を、各ページに入れてみました。想像の余地が広がって良いなぁと思う反面、本当はこの文章の要素も「絵」として表現できる力があればと言う気持ちです。足りない。パワーが足りない。実力が足りない。

 

参加してみて

ここからはつくった後、コミケ参加後の感想です。

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参加する場所がにじさんじ島ですし、知り合い以外で手に取ってくれる人いないだろうと思いました。友人の創作にわとりからも「オリジナルは1日1冊売れたらすごいよ」って聞いていましたし。

 

て、思ったら。

 

「(まろくんの本と)どっちも1冊ずつください」って言ってくれるひとがいました。

 

表紙を見て、展示していたスライドショーを眺めて、そのまま買ってくださるひとがいました。

 

離席してる間に、手に取ってくれたひともいました。

 

見本誌を手に取って、読んで。「これも何かの縁です」て言って買ってくださる人がいました。(嬉しい反面、これはちょっぴり悔しかったです)

 

結果。

サークル参加してた友人2人に押し付け、会場で買ってくれたフォロワー/友人が3人。そしてなんと、それ以外に購入して下さったかたが5人。

合計10人ものひとに手に取って(おしつけて)いただけました。すごい。まじですごい。

めちゃめちゃ嬉しかったです。記念参加の気持ちでしたが、本当に参加した甲斐がありました。参加する意義がありました。本当に、本当に参加してよかった。よかったです。

買ってくださったかた、見てくださったかた、ありがとうございました。

そして、この本を作るための作業通話に付き合ってくれたみんな、応援してくれたふぉろわー、サークル参加に引っ張ってくれたまろくん、本当にありがとう。すごく良い思い出になりました。

夢みたいな時間でした。僕は幸せです。

 

おわりに

まだ何冊か残ってますので、BOOTHに置いておこうと思います。置けたらTwitterでお知らせしますね。もし、会場には行けなかった!てフォロワーのかたいたらぜひ。よろしくお願いします。

 

本当に良い思い出になった!

総括!とても楽しかったです!

 

あけまして、おめでとうございました!

よいおとしを〜!!!!

 

 

【日記】イラスト映えする鐘本響花概念を考えようの回【でかいツイート】

悩みがあります。

 僕には今、すごい悩みがあります。

鐘本響花が描けません。

 

というのも。

 現在私、コミケに出店予定のイラスト本制作中です。初めて製作するイラスト本、創作活動の中の一つ大きな目標であったコミケサークル参加に向けての作業というところで、今までにないくらいのモチベーションで絵を描いています。えらいね。

 なおかつ、出店予定のジャンルの関係(Vtuberファンアートまとめ本)で、いままで描いてこなかった、いわゆる大手Vtuberのファンアートも描いています。ここぞとばかりに。

△収録予定のイラスト 沢山反応をもらえて踊っている

 

 今迄あまり描いてこなかったVのファンアートを描いているので、なかなか楽しいです。やっぱり皆さんビジュアル的なキャラデザインがめちゃめちゃ良いので、描いていて装飾が馬鹿みたいに多くて地獄とてもたのしい。

 その上馬鹿なので20枚くらい新規イラストを描く予定にしてしまったものだから、もう描く手がとまらないというか止めたら死ぬんです。

 そうやって描いているうちに、いろいろとラフを切ったり張ったりしているうちに、気が付いたことがあります。本題。

 

「このVtuberの構図、全然思いつかないなぁ...」

って。

 勿論、僕自身のそのVtuberに対する解像度不足だったり、持ちうる構図選択肢の狭さ、描ける物体選択肢の少なさゆえだったりするのかなぁ、なんて考えてみるも、如何せん思いつかないVは本当に思いつかない

 でも思い付くVは本当にすぐラフ描けるし、いい構図だなぁ、良い絵に出来そうだなぁ(描く技術があるかどうかはともかく)となるわけで。

 この差って何だろう。って思って考えました。

 

結論

「描きたいVに対して、ストーリーが想像できるかどうか」じゃないかと思いました。いや当たり前ではあるんですけど

 

 例えば上記の花譜ちゃんだと「オリジナルMVに登場する空間」において、「らぷらすとの関係性」を描きたいという視覚的なイメージが。

 リゼ皇女だと「入道雲が綺麗な退廃的空間」で「一人で物思いに耽る皇女」を描きたいという(これはかなり入道雲に依存していますが)視覚的なイメージがあって。

 現在進めている絵のうち、納得のいっているものは全て「明確な視覚的イメージ」「その前後に考えられるストーリー」があるんですよね。うんうん。

 「どこそこ(その活動Vにゆかりのある地や、似合いそうな綺麗な空間)」で「なにそれ(そのVがしそうなこと/解釈に合った行動)をしている」っていう具体的なシチュエーションが伴うと、良いラフになっている気がします。今のところ。

 

というわけで。

 最初の話に戻るわけです。

 鐘本響花が描けない。ラフが全然上手くいかない。納得いかない。

 かねもとに対する解像度が足りないのかと言えば、そんなことは無いはず。間違いなく配信一番追ってるのかねもとだし、歴も決して短くない。デザインも(僕が扱うの苦手な赤基調とは言え)装飾もそんな複雑じゃないし、描くのが難しいわけでも...ない!

 

 じゃあなぜ僕が鐘本響花を描けないか。そう、「明確な視覚的イメージ」がなく、「絵に描き起こす前後のストーリーが思いつかない」から。いいラフが描けない。

 事実確かに、過去に描いていたファンアートは明確にこれらが思いついていた時に描いていました。

△これとかね

 

 マジで。なるほど。合点がいった。よし。つまり

 

最強の鐘本響花概念二次創作妄想小説を書いて、そのワンシーンを切り取れば最強の絵が描ける(確信)

 ここまで茶番。以下本題、あるいは妄想。

 

 かねもとの似合う情景、シチュエーションってなんだろう。ってところから考えます。わかりやすいイメージだと、音楽。

 

たとえばコンサートホール。

 大きなコンサートホール。重い扉を開く。二重になっているそれを開くと、座席最後列からの景色が広がる。誰もいないがらんとした空間に、自分の足音だけが響く。異様なまでに静かなホールに、少しだけ足取りが重くなった。歩を進める。

 よく目を凝らしてみると、ひとり。舞台にゆらめく人影が映る。当然、観客はいない。演奏者もいない。広いホールの中、ぼんやりと揺らめくたったひとつの人影に、こんなところで何をしているんだろう。そう思った。

 あのう、今日は休館日ですよ。ここで何をしているんですか。話しかけようと近づくと、口を開く前に、影が大きくゆらめいた。その揺らめきに共鳴するように、どこからともなく音が聞こえる。(なんかめちゃめちゃ詩的で優雅な演奏表現)。(そんなことがあるはずもないが、それでも確かに音楽がそこにあったと確信できる心象描写)。(ああ、これはきっとコンサートなのだと確信する一人称)。それでも静寂は、確かにここに存在していたはずなのに。

 影はどこか楽しげで、でも少し寂しそうに、揺らめき続けていた。

 そのままぼうっとしていたら、いつの間にか、その影は消えていた。

 

いや何。

 絵に描けるようにしろよ絵を揺らめく影でしかないよ。かねもとをかけよ。はい。すいませんでした。儚い音楽概念がかねもときょうかに直結する病を罹患している。本当に妄想概念でしかない。なんなんだこれ。

 うーん、難しいですねこれ。一旦音楽から離れてみます。

 要素だけ取ると、やっぱり雪とか雨ですかね。雨で行こう。雨。雨が特徴的な場所だと...どこだろう。雨宿りとか、傘を、雨具を身にまとって、でもいいですけど。その中でかねもとが登場してそうで、かつえもいシチュエーション...。なんだ。

 例えば...

 

たとえば、雨の窓

 雨が窓を叩く音だった。ヘッドホンを外した鐘本の耳にまず飛び込んできたそれは、確かに疲れた耳を癒すには丁度いい。そう思った。凝り固まった肩を回して伸びをする。ばきばき、と音が鳴った。開いていたプロジェクトを保存し、閉じる。

 いつの間にか振り出していた雨はどうやらなかなか厄介で、天気予報には先数日傘のアイコンが並んでいた。休憩がてらコンビニにでも行こうかと思っていたけれど、どうやらそれも難しいようで。

 しょうがない。そう思って席を立つ。

 (キッチンに向かい、優雅にコーヒーを入れる描写)。(窓の外の天気の荒れ模様とキッチンのおだやかさの対比表現)。(そもそもかねもとってコーヒー好きなん?しらんけど)。

 ここ数週間の終わりの見えないデスマーチ。ようやく光明が差し込んできた。まだまだ油断はできないが、もうひと踏ん張り。窓から響く雨音に乗せるように、浮かんだメロディーを口遊みながら席に戻る。

 口に広がるほろ苦さが、なんだか心地良かった。

 

お~

 結構いいんじゃないですか。いいですね。いいじゃん。シチュエーションポイントが高いしちゃんとかねもとだ。ただたぶんかねもとは休憩がてらコンビニにいったりはしない気がする。諸説あります。

 本題からは完全に外れますけど、鐘本響花一人称視点で書くの、あまりにハードルが高くないですか?解釈という名の正道から道を踏み外して奈落に落ちて死ぬかもしれん。そういうこともある。

 本題にもどる。DAW作業をするかねもと、ちょっと目元にクマとかあってもいいかも。いれたてのコーヒー、瞳に反射するDAWの画面。部屋の外は雨が降っていて、静かなようで、静かじゃない。そんな感じ。良いかもしれない。

 

というわけで

 ラフ描いてきます。

 おつかれさまでした!なんだこの記事?なんでしょうこの記事。自分でもよくわかりませんが、めちゃめちゃでかいツイートみたいなもんです。思考整理です。たまには長文を叩きつけたい日ももある。そういうことです。

 久しぶりにこういうのすると楽しいですしね。生産性もあったので一石二鳥!最大の問題はこんなことに3000字も割いたせいで、今日はもう寝る時間ということでしょうか。

 

 絵を描く時間、どこいった?